世の中にはたくさんのひとがいる。そのなかで、「わたし」が出会うのは、ほんのひとにぎりのひとびとだ。
たとえ出会っても、少し話しただけでその後一生、縁のないひとも多い。たぶん、ほとんどのひとと「わたし」は、出会わずに一生を終えるのだろう。
その、出会わないはずの「ほとんどのひと」の中に、「わたし」にとってとても重要な人がいた。
その人は「わたし」の知らないところで「わたし」に影響を与え、そして「わたし」の人生は変わり始めた。
ある大雪の夜、事実は明らかになる。
その人と「わたし」は、100年以上も前、ここで、出会っていたのだ…。
今回「和知の収穫祭」では、和知の伝統芸能 和知人形浄瑠璃の演目・長老越節義ノ誉(ちょうろうごえせつぎのほまれ)をモチーフに、3 つの作品をお送りします。
むかしむかし。村の庄屋・猪兵衛という者がおりました。妻が一人、生まれたばかりの子が一人いて、家族三人で仲睦まじく暮らしておりました。正義感がとても強く、多くの人たちから慕われておりました。
ただ、猪兵衛の唯一の気がかりは、年々増える年貢や新しい税に苦しめられていく農民たちでした。彼はついに意を決し、幕府に直訴することにします。当時、藩を越えて直接幕府に訴えるということはご法度、藩に見つかったら捕えられ厳しく罰せられます。はたしてうまくいくのかどうか・・・それは猪兵衛にもわかりません。そのため妻のおこんに「もし失敗してしまったら、次はお前が私の代わりに農民たちを救ってくれ。」と想いを託しました。
数日後、やはり猪兵衛の直訴は失敗し、藩に捕えられてしまいます。おこんは悲しみを胸に、じっと夫の無念を晴らそうとその機会を待っていました。どれくらいの月日が流れたでしょうか、いつも通りの毎日を過ごす中、おこんは幕府の使いがこの地方へやってくるといううわさを聞きつけます。やっとこの時が来たと、おこんは子どもを背負い、降りしきる雪の中、長老ヶ岳をただ無我夢中でこえていきました。そして野々村(現美山町)の検問所で使いの一行を見つけ、必死に農民たちの苦しみを訴えました。おこんのひたむきな姿に役人たちは感じ入り、ついに農民たちの平和は約束されます。
ところが、おこんが背中のわが子の異変に気付いた時が遅すぎました。外の寒さに耐えきれず、子どもはすでに冷たくなっていたのです。
※和知の道の駅で配布している資料を元に書き起こしました
9/4 16:00から予定しておりました、オープニングパフォーマンス-風景 scenic-は雨天のためユーストリーム配信のみに変更させていただきました。ご来場を予定してくださった方には申し訳ありませんが、何卒ご了承くださいませ。Ust配信した動画は録画分をご覧いただけます。
トリコ・A プロデュース